どこまででも行けるから

ちょっとまだ何書くか決めてませんが、真面目なことも、つまらんことも書いていこうと思います。

義務教育1年目からとんでもないクラスに入っていた話

今週のお題「告白します」

 

1年が始まって52日目!!!

 

どうも、よいちょ仁瑚です。

 

今日は私のちょっとやっちゃってる(というか頭脳が心配になる)昔について話そうと思います。

 

 

 

私はどうやら幼稚園生の時から活発な人間だったらしいです。これは中学生か高校生になってから知ったことです。明るくて活発な子で…みたいなまあ典型と言われれば典型なやつ。

 

 

私がちょっとやばいやつになり始めたきっかけは小学校1年生の時です。

何があったってね、クラスがとんでもなかったんですよ。

 

まず隣の席の子に言われて一番記憶に残っている言葉は「バカ」。当時の自分的には度が過ぎるレベルの侮辱でした(超ピュア)。

 

そして担任の先生が途中で変わった。当時のことはあまり覚えてないけれど、夏休み明けかに担任の先生がいなかった時期があった。今思うと時間ごととかに別々の先生が来る小学校1年生の教室って何?しょうがないことにはしょうがないんですけどね。(ただ担任を降りた先生は精神的な事情からだったらしい、もしかしてその時からクラスはまずい状況だった…?)

 

 

ここまではまだ優しい方だと思います。ここからがリアルに危機を感じる話です。担任の先生がおじいちゃん先生になったんですけど、そのおじいちゃん先生が結構強い人だったんです。

私のクラスは私が記憶がある時から結構荒れ狂っていて、生活の授業中に教室では寝転んでいたり教室飛び出したりする人もいるし、外に出たら塀越え(3mくらいはある)する男子がいるし、その男子を探しに行く!と言って門越えする男子もいるし。ちなみにその門越えした男子は給食のタイミングで帰ってきて、「あいつ見つかんなかったわ…」と言っていました。帰ってくるタイミングが抜群だな。塀越えする男子はランドセルを学校に置いたまま帰ってこなかったのですが、次の日は手ぶらで来たのでしょうか。

 

ちなみにそのおじいちゃん先生は「そんなやつほっとけ!」と。「宇宙戦艦ヤマト」を生き生きと歌っている年代で、1年後ぐらいには定年退職していた感じだったので、年齢的な問題で放任主義だったのでしょうか…。

おじいちゃん先生には「手は膝の上」という普通のルールが通じなかった「手は背中の後ろだ!」と。手が背中の後ろにあるとおじいちゃんおばあちゃんになっても背中が曲がらない、と。そりゃあそうなんだけど!小2で新しいクラスになった時「手は膝の上」と言われてかなり戸惑いました。副校長先生もちょっとおかしくて私のクラスに来た時(当時のクラスがやばすぎて色々な先生がしょっちゅう見回りに来ていた)、おじいちゃん先生の説を支持していて、物凄く力説していたのを覚えています。今思うと本当に訳分からない。

 

授業参観の時、ちゃんと授業するかな~と思いますが、「○○さんは前から何番目に並んでいるでしょうか」的な問題(イラスト付き)で、おじいちゃん先生は「○○さんは何のために並んでいるんでしょうか!」と言っていたのを覚えています。小1の私からも論点がずれているのが分かった。

 

おじいちゃん先生は超元気なので、年中緑か青の半袖ペラペラTシャツに赤のズボンでした。小1に張り合うレベルで元気だった。

 

 

 

そんな荒れ狂っている元気が過ぎるクラス(ただクラスメイト同士の仲が悪かったわけではない)で育った私は活発さの伸びる角度を少しずらしてしまったらしい。

小3の時に「キックボクシングの元世界チャンピオン」のあだ名がつくレベルになってしまいました。文字に書かなくても察して頂ければ分かるとは思うのですが、男子と普通に蹴り合っていた。危なすぎる。女子とは思えん。両足には常にいくつものあざがありました。

ただ母がめちゃめちゃ厳しいので「あざどうしたの?」と聞かれてもごまかしていました。ごまかしが効くとは思えんレベルだけど、母もまさか自分の娘がこんなにやばいとは思っていなかったと思う。小4の時に友達に「仁瑚は凶暴だから~」とか冗談で私の母が運転している車内で言った時には家に帰ってからめちゃめちゃ怒られました。でもその時も「いやいやそんなに~」みたいな言っていた私、そんなにどころじゃないぞ。

リアルに危険すぎる。今の私が一発かましに行きたい。その時の私に友人がいて良かったです。

 

 

中学に入る前に私は更生(?)しようと決意しました。その理由の1つとして挙げられるのが、小学生の時全くモテなかったから。いや違う、モテるどころの話じゃない、小学生の時1回も告白されたことがなかったから。

小学校の友達みんなが数回告白される経験があったと知ってびっくりしたのを覚えています。多分0回って人その場にいなかった気がする。めちゃめちゃ傷を負いましたが、振り返れば当然の結果です。あんなやつ好きになる人とかいる訳ない。

ちなみに手も足もほっとんど出さずに生活した中学時代、それなりに良いことがあったので良かったです。

 

 

 

ただ私なんでか、よく問題児が集うクラスに入っているんですよね、中学でもそうだった。というかクラスの成績の平均が1番低い(しかもダントツで)クラスに7割ぐらいの確率で入っている気がする。もしかしたらそれもこれも私のせいなのかもしれません。ごめんなさい。でも私、こんなやばい期間があった割にはだいぶまともに今生きている方だと思う。

 

ただ今までの中で1番やばかったクラスは?と言われると小学1年生の時のクラスです。義務教育1年目でこんなにも羽目を外し過ぎてるってどういう6歳7歳なん?って話なんですけど、あれだけ自由過ぎたクラスは後にも先にもなかった気がするので、個人的には楽しかったです。笑笑 あの時のクラスメイトも結構みんなまともに生きている気がします。

 

あのおじいちゃん先生、保護者の皆さんからは相当な酷評だったみたいだったけど、私はめちゃめちゃ好きでした。今も元気に生きてるのかな~!!!